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東京地方裁判所 平成9年(ワ)18400号 判決

反訴原告

外﨑寿実男

反訴被告

藤岡忠男

主文

一  反訴原告の請求を棄却する。

二  反訴訴訟費用は、反訴原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

反訴被告は、反訴原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成六年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故の被害者が、加害者に対し、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成六年五月二九日午前一〇時五分ころ

(二) 場所 東京都江戸川区西小岩一丁目二三番地先道路上

(三) 加害車両 反訴被告運転の普通乗用自動車(足立五二は二八七五)

(四) 態様 加害車両が後退して横断歩道上に進入したところ、横断歩道上を青色信号に従って横断中であった反訴原告に衝突した。

2  責任原因

(一) 反訴被告は、加害車両である普通乗用自動車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。

(二) 反訴被告は、後方確認の懈怠等の過失により本件事故を生じさせたものであり、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

3  損害てん補

反訴原告は、反訴被告から、本件事故の損害賠償として合計七二二万二三一一円の支払を受けた(このうち反訴原告が請求していない治療費二七八万二〇六〇円及び平成六年一〇月三一日までの通院交通費一〇万八二九〇円に対する各支払を除いた既払金は四三三万一九六一円である。)。

二  争点

反訴原告の主張する損害額は、左記のとおりであるが、反訴被告は、本件事故によって反訴原告に生じたとされる傷害及び後遺障害と本件事故との因果関係を主として争い、これによって反訴原告主張の損害の発生及びその額を争う。

(反訴原告の主張する損害)

1 入院雑費 八万五八〇〇円

2 付添看護料(付添人交通費含む。) 八二万七四三〇円

3 治療関係雑費 三四万一九七二円

(内訳 〈1〉健康サンダル代一九八〇円、〈2〉ベッド代金一四万四二〇〇円、〈3〉松葉杖使用料一一五〇円、〈4〉健康スリッパ一四八三円、〈5〉装具代一九万三一五九円)

4 通院交通費(平成六年一一月以降の分) 三四万九三三〇円

5 逸失利益及び休業損害 四九七六万一〇〇〇円

本件事故により、反訴原告には右足底筋膜炎、外傷性腰椎椎間板ヘルニアの後遺障害が残り、これは後遺障害等級一〇級一一号及び一二級一二号に該当し、併合九級に該当する。これにより反訴原告は労働能力を一〇〇パーセント喪失したから、本件事故前の年間所得五四〇万円に就労可能年数一二年に対応する新ホフマン係数九・二一五を乗じると、反訴原告に生じた休業損害及び逸失利益は右金額となる。

6 傷害慰謝料 二六九万円

7 後遺障害慰謝料 六一六万円

8 物損(眼鏡代) 四万一五〇九円

9 弁護士費用相当損害金 五〇〇万円

10 総損害 六〇九二万五〇八〇円

(右1ないし9の合計額から請求損害項目に対応する前記既払金四三三万一九六一円を控除した。なお、請求額はその内金二〇〇〇万円である。)

第三争点に対する判断

一  本件事故の程度

証拠(甲一、四、五、九、乙一、五、一〇、一五、証人稲葉弘彦、反訴原告本人、反訴被告本人)によれば、本件事故の程度について次の事実が認められる。

1  反訴被告は、加害車両を運転し、JR小岩駅北口広場前のT字路交差点を新中川方面から柴又街道方面に右折しようとして交差点内に待機した後、対向直進車の進行の妨げとなったことから、道を譲るため後退したところ、反訴被告後方の横断歩道上を反訴被告からみて右から左に横断していた反訴原告の右足膝付近に加害車両の後部を衝突させた。

2  これにより、反訴原告は左側に倒れたところ、加害車両はやや後退して停止したが、反訴原告の膝程度までが加害車両の下部に入った。

3  反訴原告は、本件事故後、直ちに起き上がり、警察官による実況見分などの事故処理の後、その日に岩井整形外科内科病院(以下、「岩井整形」という。)を受診しているが、その際、腰痛、右膝関節痛、右足関節痛を訴え、右足首に腫脹が認められたものの、擦過傷や外部に出血を伴うような外傷はなかった。

右事実によれば、加害車両と反訴原告との直接の接触は、右膝付近のほかにはなく、その接触の強さもさほど大きいものではなかったと認められる。

二  反訴原告の治療状況

証拠(甲二ないし六、乙一ないし五、一三、一五、証人稲葉弘彦、反訴原告本人)によれば、本件事故後の反訴原告の治療状況について、次の事実が認められる。

1  反訴原告は、前記一3記載のとおり本件事故当日岩井整形を受診した後、その翌日である平成六年五月三〇日から同年八月一日まで同病院に入院し、退院後しばらく通院し、同月二三日から同年九月二二日まで再度の入院をし、その後平成七年一月ころまで通院した。この間の症状の経過は、次のとおりである。

2  反訴原告が平成六年五月三〇日に岩井整形に入院した際の訴えは、右腰痛、右膝関節痛、右足関節痛、右踵の疼痛であったが、同年六月三日のMRI検査により第五腰椎/仙椎間にヘルニアが認められた。

3  平成六年六月二一日ころの岩井整形における反訴原告の訴えは、右足、特に踵部の痛みと右側大転子部の痛みが主訴となり、他の訴えは緩和したが、同月二八日には、右踵の痛みがなお強く、右足底筋膜炎と診断された。

4  平成六年七月二三日ころの岩井整形における診断によれば、右踵痛が変わらないとされ、とにかく足底板を作って外来で経過観察とされた。

5  しかし、退院して通院治療中の平成六年八月二三日ころ、装具の踵が外れて足をひねり、痛みが強く、家に帰れないなどと訴え、反訴原告の希望により再度入院した。

6  最終的に平成七年八月四日の岩井整形の稲葉弘彦医師の診断によれば、反訴原告の症状は固定し、右足底筋膜炎、外傷性腰椎椎間板ヘルニアの後遺障害が残ったとされる。

三  反訴原告の症状と本件事故との因果関係

そこで、前記二掲記の各証拠に基づき、本件事故と前記二記載の反訴原告の諸症状との因果関係について検討する。

1  腰痛ないし腰椎椎間板ヘルニアについて

乾道夫の意見書(甲二)及び意見補遺(甲六)(以下、合わせて「乾意見書」という。)によれば、反訴原告には、第一二胸椎/第一腰椎間の軽度の骨棘形成と椎間板の狭小化、第三、第四腰椎の軽度の骨棘形成、第五腰椎/仙椎間の椎間板の狭小化と高度の骨棘形成が認められるが、これは加齢的、内因的な変性によるもので、外傷性のものではないとされ、反訴原告の治療を担当した稲葉弘彦医師においても、その証人尋問において、その診断結果やMRI画像所見からは腰椎の椎間板ヘルニアを外傷性のものと断言することはできないとする。

右について、稲葉医師が、乾意見書の記述を一般論として肯定できるとしつつも、反訴原告の腰痛と本件事故との因果関係を示唆する根拠は、本件事故前に腰痛の症状がなく、本件事故後に症状が出現したことにあるとされる。

しかし、それだけでは本件事故との因果関係を肯定する根拠としては弱いと考えられる上、証拠(甲三ないし五、一〇ないし一七(各枝番含む。))によれば、反訴原告は、これまで昭和五六年、昭和五八年、昭和六一年、平成四年と少なくとも四回の交通事故に遭い、昭和五六年の事故では腰部痛、昭和六一年、平成四年の事故では、いずれも腰椎捻挫の診断を受けていることが認められるから、仮にこれらの事故による腰痛の症状が本件事故の直前には緩和されていたとしても、こうした既往症があったことは、稲葉医師のいう根拠を一層弱めるものというほかない。

そのほか、腰椎椎間板ヘルニアないし腰痛と本件事故との因果関係を肯定するに足りる証拠はない。したがって、反訴原告の腰椎椎間板ヘルニアは外傷性のものとは認められず、腰痛と本件事故との因果関係も認められない。

2  右足底筋膜炎について

乾意見書によれば、足底筋膜炎は、慢性刺激が原因で惹起されるものであり、外力で惹起されるものでないとされ、稲葉医師も、乾意見書の記述を一般論として肯定している。

これについて、稲葉医師が本件事故との因果関係を示唆する根拠は、腰椎椎間板ヘルニアと同じく、本件事故前に症状がなく、本件事故後に症状が出現したこと及び反訴原告本人の特異体質にあるとされる。

しかし、前記一記載の事故態様からも右足底についての外傷は窺えず、右稲葉医師の理由についても、それだけでは本件事故との因果関係を肯定する根拠としては弱いというほかなく、そのほか右足底筋膜炎と本件事故との因果関係を肯定するに足りる証拠はない。

したがって、右足底筋膜炎と本件事故との因果関係は認められない。

3  右膝・右足関節痛について

前記一記載の事故態様からみると、加害車両が反訴原告の右膝に衝突したことは十分認め得るし、転倒時に右足首を捻挫した可能性は十分あり得るものと考えられる。したがって、右膝・右足関節痛と本件事故との因果関係は認められる。

もっとも、稲葉医師によれば、右各症状については、平成六年九月中旬ころには治癒したとされ、乾意見書でもこうした負傷は一般的に受傷後三か月程度で治癒するとされるから、稲葉医師の診断結果を裏付けている。

4  まとめ

以上に検討したとおり、後遺障害とされる腰椎椎間板ヘルニア及び右足底筋膜炎と本件事故との因果関係は認められず、そのほか本件事故と因果関係のある後遺障害が生じたことを認めるに足りる証拠はない。

本件事故との因果関係を認めることができるのは、せいぜい右膝・右足関節痛のみであるが、これらについては平成六年九月中旬ころ、遅くとも九月三〇日までには治癒したものと認められる。

四  治療関係費

1  以上に検討した結果によれば、反訴原告が賠償を求めることができる治療関係費は、せいぜい本件事故から平成六年九月三〇日までに生じたものに限定されるということになる(前記のとおり、反訴原告の症状の全部について本件事故との因果関係を肯定することはできないから、厳密にいえば右期間に生じた治療関係費のすべてについて因果関係を肯定できるか疑問の余地がある。しかし、これ以上の細かな認定をするには更に証拠調べを要するから、後述のとおり既払金との関係で本件の結論を導ける以上、この点を厳密に究明することなく、判断することが合理的である。)。そこで、以下のとおり、反訴原告から請求された損害のうち、右期間に反訴原告に生じた治療関係費の金額について検討する。

2  入院雑費 八万五八〇〇円

前記二1記載のとおり、反訴原告は第一回目六四日、第二回目三一日の各入院をしたから、少なくとも請求金額八万五八〇〇円に相当する入院雑費を要したものと認めることができる。

3  付添看護料(付添人交通費含む。) 七六万七四三〇円

証拠(甲五、七)及び弁論の全趣旨によれば、反訴原告は第一回目六四日、第二回目三一日の各入院をしたほか、本件事故から平成六年九月三〇日までの間では第二回目の入院の前後少なくとも実日数七日通院し、もともとの身体の不自由等のため各入通院に反訴原告の妻の付添いを要したことが認められるから、これにより入院一日あたり六〇〇〇円、通院一日当たり三〇〇〇円相当の損害が生じたものと認められる。よって、付添看護料相当損害は合計五九万一〇〇〇円と認められる。

次に、付添人の交通費については、直接の証拠がないが、甲七によれば、反訴被告が明らかに付添人の交通費と認めて支払った分は、少なくとも合計一七万六四三〇円と認められるから、少なくともそれに相当する交通費を支出したことが認められる。

4  治療関係諸雑費 三四万一九七二円

甲七及び弁論の全趣旨によれば、反訴被告は、治療関係費として健康サンダル代一九八〇円、ベッド代金一四万四二〇〇円、松葉杖使用料一一五〇円、健康スリッパ一四八三円、装具代一九万三一五九円の合計三四万一九七二円を支出したことが認められる。

5  通院交通費 〇円

反訴原告は、平成六年一一月一日以降の通院交通費を請求しているものと理解できるが、これを認めるに足りる証拠がない上、前記のとおり本件事故と因果関係の認められる治療期間は平成六年九月三〇日までの間のものにとどまるので、右損害は認められない。

五  休業損害及び逸失利益 六五万円

1  前記三認定のとおり、本件事故と因果関係の認められる反訴原告の症状についても、平成六年九月三〇日までに治癒したものと認められ、その余の症状については後遺障害として主張されるものも含めて、本件事故との因果関係が認められないから、休業損害として認められるものは、せいぜい本件事故の日から平成六年九月三〇日までの間の一二五日間に生じたものにとどまり、その余の期間の休業損害及び将来の逸失利益については本件事故による損害とは認められない。

2  そこで、右期間の休業損害の額について判断する。

証拠(甲一八、一九、二一)によれば、反訴原告は、本件事故の前にあった平成四年の交通事故による損害賠償請求事件(当庁平成五年(ワ)第一九九一九号)において、平成四年の交通事故により視力を失い労働能力を一〇〇パーセント喪失したと主張しており、同事件の本人尋問中でも本件事故当時は収入がなかったと供述していることが認められる。これについて、反訴原告は、本件の本人尋問でその趣旨を否定しているところ、前回事故の事件の判決では労働能力を一〇〇パーセント喪失した旨の反訴原告の主張が排斥されていることなどに照らして、本件事故前に反訴原告に全く収入がなかったとは思われないものの、こうした事情に照らすと、所得に関する反訴原告本人の供述は信用性に乏しいといわざるを得ない。

また、反訴原告が代表取締役をしている有限会社外崎工業の確定申告書の添付書類(乙六、七、一一)によれば、反訴原告の役員報酬は、平成四年度(平成四年四月一日から平成五年三月三一日まで)が五四〇万円、平成五年度(平成五年四月一日から平成六年三月三一日まで)が三六〇万円、平成六年度(平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで)が五四〇万円となっており、右書類の記載の正確性には疑問の余地があるものの、少なくとも右書類上は本件事故による収入の低下は認められない。

右によれば、反訴原告の本件事故による入院等による所得の減少は、せいぜい平成六年六月当時の自賠責保険基準の一日五二〇〇円程度にとどまるものというほかなく、それを超えて所得が減少したことは認められない。

よって、反訴原告の休業損害の額は、六五万円(一日五二〇〇円×一二五日)と認められ、それを超えて休業損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。

六  慰謝料 一四〇万円

1  傷害慰謝料

前記一ないし三で認定をした反訴原告の症状及び治療経過等本件に顕れた一切の事情(本件事故との因果関係についての前記三記載の判断を含む。)を考慮すると、本件事故による傷害慰謝料としては一四〇万円を相当と認める。

2  後遺障害慰謝料

前記のとおり、反訴原告に本件事故と因果関係のある後遺障害は認められないから、後遺障害慰謝料も認められない。

七  物損 四万一五〇九円

甲七及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により反訴原告の着用していた眼鏡が損傷し、四万一五〇九円の損害が生じたことが認められる。

八  結論

以上に認定した反訴原告の損害は合計三二八万六七一一円であるところ、反訴被告から、反訴原告に対し、本件の請求損害項目に対応した既払金だけでも右損害額を超える支払がされているから、本件事故による反訴原告の損害賠償請求権は右弁済により消滅したものと認められる(したがって、弁護士費用相当損害金も認められない。)。

よって、反訴原告の請求はすべて理由がない。

(裁判官 松谷佳樹)

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